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歯と歯茎の境目を磨いて下さい [健康]

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昨日、1万歩以上歩いたので流石に疲れてしまい、寝坊。
まぁ、今日は工事の立ち会いがあるので遅くなったから差し引きゼロな訳ですが。

で、今日も会議がいっぱい入って何も出来ていない状態は続きます。
先日の「繋がらねぇ」問題は、取り敢ず数分間放置していれば、繋がることが分かったので、取り敢ず、それで逃げて下さいと言えば何とかなりそう。
ただ、根本的なところで何かがあるのだろうな、とは思いますが。

結局、今日の会議の資料が全然出来ていないので翌日に延期させてもらって、明日に向けての会議資料を整理していて、ハタと気がつきました。
今日は「歯科検診」の日じゃね?

時計を見るとあと2分で予約時間は終了。
慌てて執務室を飛び出し、会場となっている会議室に飛び込みます。
幸い、予約がすっ飛ばされることも無く、怒られる訳で無く、淡々と作業が進んでいきました。

歯科検診というと、私のイメージは、椅子に座って口をあんぐり開けたら、歯科医がミラーでざっと歯を診て、虫歯が有るとか無いとかそうした診断をして、虫歯があると、後で歯医者に行って下さいねと言う紙が渡されると言うくらいのものでしたが、最近の歯科検診は違うのですね。

最初に歯を診るのは普通なのですが、その後、歯周病や歯肉の状態も確認し、その上、歯垢や歯石も取ってくれるのは知らなかった。
歯の状態は、今現在治療中の歯の他に、この前歯科で撮ったレントゲンを見た際にも指摘されていたのですが、親知らず2箇所にC1とC2の虫歯があるとのご託宣。
とは言え、私の親知らずは完全に歯肉に埋れている状態ですので、これを治療するには骨が折れると思います。
歯肉を切開して、引っこ抜かないといけないのが面倒です。
しかし、C1は放置したとしても、C2の方は治療しなければならず、そうなると引っこ抜いた方がいいのでしょうねぇ。

でもって、次に歯肉の状態や歯周病の有無は特に問題なし。
まぁ、息はそんなに鼻がひん曲がるほど臭くは無いですから。
歯石は軽度の蓄積、歯垢も軽度の沈着という結果でした。
歯磨きは、朝起き抜けに1回、朝ご飯を食べた後で1回やって、寝る前には口腔洗浄液でざっと洗っているので、そんなには溜っていないと思いますが、ともすれば、時間が惜しくて歯磨きをおざなりにする事も有るので、まぁ予想通りと言えば予想通り。

少なくとも、歯磨きの際には舌で触って、ざらっとした感覚が無くなるまでは磨いているはずなのですが、歯間ブラシとかは使っていないので、どうしても歯と歯の間に点状に残ってしまいます。
なので、歯と歯の間、歯と歯茎の境目にあった歯石や歯垢を取り除いて貰いました。
歯磨きの際には、歯と歯茎の境目を意識して磨くと良いらしい。

これらを取った状態の感覚を舌で覚えておくと、歯磨きの時の参考になるそうです。
確かに、舌で触ると歯と歯の間がくっきりしているように感じますね。
まぁ、歯槽膿漏などの歯周病が無いだけ、未だ未だ私の歯は健康な部類になるのでしょうねぇ。

虫歯は多いけど、何とか自前の歯は保持しているので、これをその侭続けられると良いですね。
何しろ、歯は統べての健康の源だと思いますので。
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経過観察 [健康]

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今日は会社を休んで病院へ。
例によって、3ヶ月に1度の術後経過観察。
朝御飯を抜いたので、余裕で出られるかと思いきや、結局何時もと出る時間変わらず。
でもって、完全にボケてお薬手帳と保険証の附属書類を忘れて一度うちに帰る。
結局、始発電車を逃し、1本後の電車へ。
まぁ、王子で座れたから良かった。

虎の門で降りたのですが、久々だったので降りる改札を間違え、大回りする羽目に。
結局、1時間前を少し過ぎてしまいました。
受付を済ませ、保険証を確認して、今日は血液検査。
毎度のことながら、針を挿すのを見るのは苦手です。

何だかんだで血液検査に30分ほどかかり、改めて診察受付へ。
待つ事暫しで直ぐに順番がやって来ました。
1時間かかると聞いていたのに、それより早く順番が回ってきたのは、新病棟の新型検査機器の威力でしょうか。
結果を見たところ、ALTは9月にはLOWだったのが範囲内に収まり、ALPも正常範囲内を継続、γ-GTPは更に下がりました。

経過は順調で、特に数値的におかしな部分もありません。
今のところ、胆管炎の徴候は無さそうです。
しかし、次は3月に超音波検査が決定で、また経過観察と言う事になりました。
でもって、ウルソも継続です。

残念ながら終わったら11時前で、CPAPの経過観察は月水金な上に火曜は休診なので、近場なのに行けず。
別の検査があるかと思って全休にしたのですが、こんなことなら半休にすれば良かった。

なので、何時も土曜日に行ってごった返している越谷の医者へ。
ただ、午前の診察が終わってしまったので、午後の診療にするとなると、2時間半待ちです。
虎の門から越谷までなら、日比谷線に乗って一本なので、優等列車に抜かされるのを気にしなければ1時間程度。
それでも、1時間半余るので、先ずは近くのcafeで遅い朝ご飯。
ゆっくりめに食べて、霞ヶ関駅へ。

霞ヶ関に行くと丁度東武動物公園行きの直通電車が来たので、それに揺られて越谷へ。
東武の新型車だったので快適でした。
もう03系や20000系は全く姿を見せませんね。

越谷に着いて、先ず医者に行って予約簿に名前を記入したら10人待ち。
少しだけゲンナリしたのですが、まぁ、全部が一斉に来る訳では無いと思い、この場を離れます。

で、1時間半をどう過ごすか考え、先ずは書店へ。

書店で本を物色。
二見時代小説文庫で何時も買っているシリーズがあってそろそろ出て来るはずなのですが、まだ販売がされていませんでした。
昔は鉄道コーナーが充実していた(東武系の本屋なので)のに、最近コーナーが廃止されたので余り読む本も無く、スゴスゴと退散。

次に銀行で記帳。
ボーナスシーズンでATMには人が並んでいるかと思いきや、時間が昼過ぎだったからか余り並んでいる訳では無く、拍子抜けです。

でもって、時間が尚も余ったので、越谷駅周辺をウロウロ。
ブックオフがあったので、中に入って物色したのですが、興味を惹くような本はそんなに無く、あっても、それなりの値段(ブックオフと言えば100円で投げ売りというイメージがあったので少し吃驚)だったので、買うのは諦めて出る。

そろそろ腹が減ったので、食い物屋を探したのですが、蕎麦やうどんの様なあっさり系の店が無く、ラーメン屋も川口ほど美味しそうな店は無く(家系と豚骨系、それに昔ながらの中華料理店とチェーン店)、諦めて王将へ。

王将で昼ご飯を食べて、それでも少し時間が余ったので、マクドでお茶をしばきました。
後で気が付いたのですが、越谷の地場産品の売場があったので、寄れば良かったです。

診察開始10分前に医者に戻って、待ち状態に入りましたが、名簿に名前を入れているのに、来ている人は少なく、意外に早く順番がやって来ました。
色々話をして、15時過ぎに終わり。

帰ってから処方薬を貰いに薬局に寄り、最後の医者へ。
何時ものリハビリの医者ですが、今日は検査が申し渡されているので、リハビリをしてから血液検査(2回目!)とレントゲン撮影がありました。
血液検査は数値後回しですが、レントゲンは直ぐに結果が出て来るので、お医者様の有難いご託宣を聞く。

背骨が少し曲がっているので、リハビリの頻度を上げなさいと言う非現実的なご託宣でした。
そりゃ、会社が近ければ行きますが、週に2度、医者がやっている間に入るとなると、30分早引けをせざるを得ない訳で、どうしたものか。
まぁ他の日に残業すれば良いのですがね。

てな訳で、医者3軒通うのに1日を費やしてしまいました。
ま、ほぼ待ちで、実際の診察時間は短いのですが。
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続・繋がらねぇ [日記]

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今日も今日とて、本業が出来なかった。
傍流の仕事が一杯有りすぎて、手を動かす人がいないのが敗因。
延長雇用の人達がいるのだが、「俺たちゃ、給料分の仕事しかしねぇ」と言って、何もしないから、いても余り意味が無い。
何しろ、延長雇用の人達の給料は、退職前の半分とか3分の2だもの。
そりゃ、やる気なくなるよねぇ。

そんな訳で、今日の会議も針のむしろに座っていた様でした。
まぁ、絶対的に構築する要員が足りないのだから…。

時に、ここ最近、「働き方改革」でリモートワークをするために必要なシステムで、FU1809を適用したら使えないと言う問題が発生していたりします。
何故か、Web版のソフトウェアは使えるのに、クライアント版の同じソフトを使おうとすると認証出来なくなるエラー。
もうFUのバージョン期限が来ているのに、この状況はちょっと拙い。

どうもセキュリティ強化のためのファイアウォールに難があるのか、システム側に難があるのか、はたまた設定に難があるのか、どこに地雷が埋まっているのか全く分かりません。

サービス提供側が、先週自信を持って問題は解消しましたと言うので、テストしてみたところ、1人のパソコンでは事象が解消できず、もしかしたら何かこちらの端末に不具合があるのかと思って、設定を入れて貰って家で接続しても事象は同じ。

何か根本的なところで抜けが有るのでは無いかと思うのですが、それはしょうも無いところだったりするのだろうなぁ、と思っているのですが、さて。

ま、ソフトが使えない分、呼び出しされることは少ないのでは無いかと思いたい。
明日は経過観察で病院に行かないといけないので。
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成田詣で-行ったつもりで(その6) [飛行機]

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今日は良い天気で、成田には未撮影の機体が結構来たので、行っても良い日だったのですが、今日無理すると、明日以降に差支えるような気がしてならず、かと言って、仕事をする気力は無く、ひたすらYouTubeとかその辺三昧。

後は写真の整理ですが、残り400枚なのに結局終わりませんでした。
どうも、集中してすると言う事が出来なくなっているらしい。
と言う訳で、少ないけど釣果貼り貼り。

中国国際航空のA.330-300。
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こちらサイド離陸は初撮り。

DeltaのA.350-900。
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離陸は2年ぶりの撮影。

UnitedのB.777-200ER。
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2年ぶりの撮影。

ANA WingsのDHC-8-Q400。
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これも2年ぶりの撮影。

Pakistan International AirlinesのB.777-200ER。
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去年、真っ白塗装から新塗装に塗り替えられたのも束の間、尾翼が剥げちょろけです。

Eva AirのA.321-200。
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初撮りの機体逆サイド。
昼間の台中便が、3時間遅れで離陸。

大韓航空のB.747-8F。
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2年ぶりの撮影。

Eva AirのB.787-10。
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昼の台北便も同様に遅れて離陸、初撮りの機体逆サイド。

Air BusanのA.321-200。
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着陸は初撮り。

IBEXのCRJ-700。
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こちらサイド離陸は3年ぶりの撮影。

ANA WingsのDHC-8-Q400。
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離陸は初撮り。

Lufthansa CargoのB.777F。
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こちらサイド転がりは初撮り。

UnitedのB.777-200ER。
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離陸は6年ぶりの撮影。

DeltaのB.777-200LR。
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離陸は初撮り。

少ないですが、ここまで。
タグ:飛行機 写真
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これが本当の冬の寒さ、か [日記]

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今日、目が覚めると凄い寒い。
流石に布団にくるまって、起きたくないモード。
そうは言っても、今日は歯医者があるので、起きざるを得ない。

予定ではリハビリに出掛けてから歯医者の予定でしたが、起きたくないモードの御陰で出掛ける機会を逸し、結局ギリギリで歯医者に。
ここ数日、再び下の歯が痛くなっていたのですが、仮詰めを開けてみたら、再び膿んでいたらしい。

どうやら、セメントに隙間が出来てそこから唾液が浸入したっぽい。
そこを再び消毒して塞ぐと、見事に痛みが消えました。
上の歯を処置すれば、下の歯の傷みがなくなるって不思議ですね。

で、来週は休日出勤決定なので、再来週に予約することにして、冷たい雨の中、今度はリハビリへ。
11時過ぎに入ったのですが、結構な人が来ていました。
リハビリを終えて、今日は診察とレントゲンと血液検査の予定だったのですが、時間切れで次回に回ることに。
まぁ、火曜日に胆管炎の経過観察があるので、その帰りにでも寄ろうかと思っています。

本来なら、寒いのでその侭帰った方が家に近いのですが、今日は親から「鮨を買ってこい」指令が出たので、それに従わざるを得ません。
再びとって返して、そう言えば、年賀状を買っていないのに気が付いて、郵便局の本局へ。

休日窓口は例によってごった返していましたが、然程待たずに入手出来ました。
とは言え、本来の窓口担当とは違う人が片手間にやっているので、待つ事暫しでしたが。

待っている間に、郵便物を受け取りに来た学生さんが、局員さんと押し問答していました。
不在通知があったらしいのですが、郵便局で受け取るには身分証明書が必要です。
彼はそんなものは持っていないと言い、学生証で何とかならないかと言っています。
当然、局員さんはそれを断り、保険証が無いのかと尋ねましたが、保険証は実家にあるらしい。
医者に罹るときはどうするのだろう。
再配達で家で受け取れば良いのでしょうが、何か事情があって、今日しか時間が合わないとか。
結局、諦めて帰りましたが、最近の詐欺案件とかもありますから、仕方ないと言えば仕方ないですね。
幸い、私の場合は保険証があるからなんとかなりますが、保険証NGと言われたら全く身分証明書がありませんから難しいですよねぇ。

そんなことを言いつつ、年賀状をゲット。
コンビニで買えば良いのですが、写真用光沢紙年賀状は余りコンビニで売っていないので。
成田空港内郵便局で、京成限定年賀状が売られていた筈なのですが、ここんとこ週末は雨だったり、歯医者だったりで中々出る機会が無く、遂に入手の機会を逸しました。

年賀状を買って、郵便局を出たら、次は魚屋。
農協の前を通ると、来週は農業祭だそうです。
新鮮な農産物が安く手に入るのですが、流石にこのご時世、開場と同時期に行かないとお目当ての品が入手出来ません。

昼になったので、魚屋に鮨があるのか若干の危惧があったのですが、雨でお客さんが少なかったのか、無事にゲット。
入院以来、初めてな気がする。
たこのお鮨があったのに気が引かれたのですが、食べきれないでしょうから涙を呑んで引き下がりました。

それから、パン屋で明日と明後日に食べるパンを買って、蜜柑を買い忘れて帰りました。
入院以来、出来るだけ果物を採るようにしているのですが、この夏は災害が相次いだからか、暑すぎたからか、値段は高めだし、水っぽかったり、堅すぎたりして、余り美味しくありません。
…と負け惜しみを言っておこう。

帰ってから、オイルヒーターを出してスイッチを入れましたが、今日の寒さでは全然効かず、気温は20度が精々、たまらずクーラーを付けてしまいました。
この調子だと、本格的に冬が来たときには益々炬燵で丸くなります。
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海を渡ったスキヤキ [読書]

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今日も仕事をさせてくれませんでした。
本業以外は随分と進むのですが、本業以外の部分に時間を取られてしまい、なにも出来ずです。
何時までこの状態が続くのやら、先が見通せません。
我ながら我慢強いなぁと思う今日この頃です。

さて、今週読んでいた本。
その前が技術的な本だったので、今回は振り子を戻して思い切り文系の本の紹介。
『海を渡ったスキヤキ アメリカを虜にした和食』(グレン・サリバン著/中央公論新社刊)。

正直、この本は題名の付け方に難ありです。
確かにすき焼きについて、書いてある部分もありますが、どちらかと言えば、副題の方が本題を表しています。
つまり一言で書いてしまえば、米国における和食の歴史。

米国と言えば、我々の世代は「奥さまは魔女」とか「じゃじゃ馬億万長者」と言った1950~60年代のテレビ映画を見て育った世代ですから、凄く広い家で、キッチンとリビングが分かれていて、庭ではバーベキューが出来、毎週のようにホームパーティーを開いていると言うイメージがあったのですが、米国の人々がこうした生活を手に入れるようになったのは、工業化が進んだ19世紀末から20世紀にかけてのこと。

それまで、特に農民達は朝から晩まで働きづめで、家はワンルームの丸太小屋。
当然、キッチンやダイニングなどと言うものは無く、鍋で煮込んだごった煮を、立ったままスプーンで掬って掻き込むと言う極めて原始的な生活だったそうです。
そう言う意味では囲炉裏端で御飯を食べる日本の農民の方が、まだ文化的な生活をしていた訳で。

そんな中、米国はGo West!のかけ声の下、西進を続けていました。
しかし、西部開発の人手が足りなくなって、対岸のアジア人を集めようとします。
最初に来たのは中国人、ところが、彼等が群れ始めると、それを嫌って彼等を排斥し、従順と目されていた日本人を受容れる事になります。

中国人も一種そんなところはありますが、余り食に頓着しません。
そして、日本人のいる仕事場には中国人のコックが配されます。
中国人のコック(と言うのも怪しげな人々)は、安い料理を手早く作ると言う事で、中国南部の中華料理をベースにしたごった煮ばかりを提供します。
偶には故郷の料理を食べたいと考えた移民達でしたが、そもそも「男子厨房に入るべからず」的な考えの人が多く、料理はからきし。
しかし、「窮すれば通ず」の例え通り、あり合わせの食材を使い、醤油などの調味料を準備し、日本料理擬きを作り上げました。

これが米国に於ける「和食」の始まりで、その後、仕事場で腕を磨いた人達が、鉄道建設が一段落した後、様々な現場に散り、また、工場や農園などで定住するにつれて集住した地区で、同胞に御飯を提供する飯屋を始めて行きます。

その中で様々な「和食」が生まれますが、今では中華街で老舗の中華料理店に付き物とされる「フォーチュンクッキー」ももとはと言えば、「和食」のお菓子から派生したものだったそうです。

この本ではこうした歴史を辿り、日本の和食が米国社会の中で変容を遂げ、「和食」となって行ったかを描いています。
タイトルになっているすき焼きについても章を割いていますが、日本の牛鍋が海を渡って米国に受容れられるのは1930年代から1950年代くらいにかけてなので、この本の全体からすればかなり後の方になり、歴史が浅い分、余り深くは突っ込んでいません。
まぁ、深く突っ込んでしまうと、今の倍くらいの厚さになる事請け合いですが。

それにしても、米国の和食の歴史は「窮すれば通ず」の歴史と言っても過言ではありません。
鉄道建設の飯場で作られた和食擬き、ハワイの砂糖黍農園で食べられた弁当、第2次大戦の日系人収容所で誕生したスパムむすびなどなど、何れもギリギリまで追い詰められた人達が生み出した料理でした。

と言う事で、今では日本国内でも通じる様な米国発の和食の歴史について、理解が進む本だなぁ、と思いましたね。
返す返すもタイトルだけが誤解を生む本ではありますが…。

海を渡ったスキヤキ-アメリカを虜にした和食 (単行本)

海を渡ったスキヤキ-アメリカを虜にした和食 (単行本)

  • 作者: グレン・サリバン
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2019/11/19
  • メディア: 単行本


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東急電鉄 車輌と技術の系譜 [読書]

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今日も会議の連続でなにも出来ず。
まぁ、1ページは出来たから良しとする。

今の家を手に入れる前、ずっと住んでいたのは東京でも23区と市部の境界線上にある京王沿線の地でした。
今更だけど、神戸に住んでいたときも芦屋との境界線上だったし、今の家にしても、鳩ヶ谷時代は数分歩けば川口だったし、どうもボーダー好きな気がする。

それは扨措き、京王沿線だったので、当然のことながら都心に出るには京王線を使っていた訳ですが、下高井戸で小さな2両編成の電車がちょこちょこ往き来していたのが妙に心に引っかかっていました。
東京の路面電車と言えば、都電しか知らなかったので、世田谷線という存在は虚を突かれる思いがした訳で、その後、その沿線で年末年始に開かれる「世田谷ボロ市」に出掛けたり、時々気分転換にランチしに行ったりして、何かと世田谷線にお世話になりました。
緑色の車体の電車は、釣り掛け車から何時の間にかカルダン駆動になり、更にステンレス車体のモダンなVVVFのLRTになってしまいましたが。

最近、通勤の行き帰りに読んでいたのは、『東急電鉄 車輌と技術の系譜 各時代で最新技術を取入れて進化したデハ1形から3020系までの歩み』(萩原俊夫著/かや書房刊)

時々出て来る、かや鉄BOOKと言うシリーズになります。
著者は、東急電鉄で車両開発に当たった人で、生粋の技術者です。
なので、副題にあるように、技術に観点を置いて、東急が未だ目黒蒲田電鉄や池上電気鉄道などを名乗っていた時代からの車両の解説を書いています。

車両解説だけだと普通の鉄道関係の書籍になってしまって、余り差別化が為されないのですが、確かこの人の父が、東急電鉄を中心とした鉄道趣味の泰斗である荻原二郎さんだった筈。
なので、父親が撮影した膨大な東急を中心とした車両の写真をふんだんに使用しています。
普通、こうした写真は戦後のものが多いのですが、荻原二郎さんは、戦前から写真を撮り続けているので、流石に創立当初の写真は無いですが、東急電鉄発足前の東京横浜電鉄や目黒蒲田電鉄時代の写真が多数掲載されているのが大きな強みです。

これによって、当時の車体の状態や機器の特徴などがわかり、それが戦後の更新でどう変わっていったかが一目瞭然で分かるようになっています。

また、自身も車両譲渡の業務に関わってきたので、東急電鉄が当時多数抱えていた鉄道子会社に放出したり、あるいは中小鉄道会社、中には大手の名古屋鉄道にまで譲渡した車両の改造方法や引渡し後の状況などについても克明に書いているのも貴重な記録になります。

萩原二郎さんと同じく、写真撮影が趣味でもあるので、自社の鉄道車両はおろか、各地に展開した譲渡車両の写真なんかも自分の手で撮影したものが公開されています。

なお、箸休めのコラムとして、東急の車両や運転環境に造詣の深い人が登場しての記事も読み応えがあり、軽量ステンレス車開発の苦労とか、相互直通運転の調整とか、車両譲渡の実務についての事情なんて言う裏話も色々と書かれていています。

埼玉に移ったことで都心がより遠くなって、東急沿線は更に乗りに行く機会がなくなり、特に今の状況は相互直通運転をしている目黒線以外はよく判らないのですが、久々に見に行きたくなりました。

東急電鉄 車輌と技術の系譜 (かや鉄BOOK)

東急電鉄 車輌と技術の系譜 (かや鉄BOOK)

  • 作者: 荻原 俊夫
  • 出版社/メーカー: かや書房
  • 発売日: 2019/08/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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新機材 [飛行機]

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今日は全然仕事にならず。
昨晩、トラブって1時過ぎから2時過ぎまで仕事をしていたので、完全にポヤポヤ。
でもって、会議の連続でなにも出来ず、結局、インターネット回線の手続きと配線工事の下見をしたくらいでした。
それにしても、空気の読めない営業相手は嫌になる。

さて、昨日から今日にかけて、日本の色んな航空会社から新機材の話題が出ていますが、成田空港だけが蚊帳の外ですねぇ。
今日はAeroflotも、モスクワ線を羽田発着に切り替える発表をしました。
既にLufthansaは完全に羽田に移転しましたし、Deltaはアジア線を成田から韓国に移転しますし、その他の米国系航空会社も羽田発着便を拡充、Alitaliaもローマ線を羽田に移転。
成田をベースにしていたVanilla AirもPeachに吸収されて彼岸に消え、Peachの成田路線拡充は、余り期待できそうにありません。

そうなると、成田に残るのは貨物系航空会社と、中国を中心とする近距離国際線と、LCCくらいしか残らないのでは無いかと思います。
滑走路を増設するとか、何だかんだ施策をしていますが、焼け石に水とは正にこの事では無いでしょうか。
撮影していても、関空やセントレアは引っ切りなしに発着があるのに、最近の成田はゆっくり座って御飯を食べる時間があるほどに、閑散とした時間帯があります。

それに最近、乗り入れ数や便数でも関空やセントレアの方が拡充されているように思えます。
両空港とも毎月のように新会社が乗り入れるのは、誘致施策もさることながら、24時間空港と言うのも強みなのでしょうね。

また、それ以外の地方空港でも、国際線の乗り入れが盛んです。
特に聞いたことの無い航空会社が結構乗り入れてきます。
地方空港に直接国際線が乗り入れると言う事は、幹線空港を経由した乗り継ぎ需要が減ると言う事ですから、益々成田の存在意義が低下していくのでは無いか、と思います。

それに折角新機材が入っても、成田は暫くすると旧機材に戻ってしまいます。
それだけの旅客がいないからなのでは無いかと思ったりして。

交通の便も悪く、19時過ぎるとほぼ陸の孤島と化しますし、悪天候だと完全にアウトですから。
せめて、悪天候でもバス路線は維持して欲しいと思うのですが。
それこそ、先日も書いたけれども、シャトル便を運航するとか。

成田で無理矢理明るい話題を取り上げるとすれば、19時以降の成田からの電車の便が良くなったとか、来年に就航する中長距離LCCのZip Airの就航、それにJetstar Japanが就航させるA.321-200LRくらいでしょうか。
それにしても、A.380も発着できるほどの滑走路を持っているのに、乗り入れるのがA.321ばかりでは、宝の持ち腐れでは無いかと思ったりして。

この調子だと益々成田詣での頻度が下がりそうです。
かと言って、セントレアや関空は遠いですし。
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昭和思い出バス点描 [読書]

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今日はちょっと針のむしろ。
何せ、なにも出来ていないのだからして、怒られるのは当たり前。
ただ、人がいないのだから仕方ない訳ではあるが。

さて、ここ最近、寝る前に読んでいた本。

『昭和思い出バス点描』(小林愉・上野和秀編/NEKO Publishing刊)
私が大学生だった頃、学校まではバス通学でした。
駅からバスに乗ると、国道2号線を通って、切り返しの後の急坂で国鉄と山陽電鉄を越え、そこからは坂道をずっと登り続け、大学までほぼ1本。

今と異なり、パワステもオートマも無いバスで、よくあの切り返しを回ったなぁとか、よくあの急坂を登り切ったなぁと言う感じで、バス運転手の技倆に感じ入ったものです。

流石にボンネットバスではありませんが、隣の駅を走っていたバスは結構後々までワンマンカーでは無くツーマンカーでした。

この本は昭和50年代に撮影されたバスを中心とした写真を掲載した写真集です。
ただ、此の方々は関東を中心に活動されていた方だったので、どうしても東京のバスの写真が中心になります。
当時の世相、特に昭和時代の渋谷駅の情景や、関東私鉄各駅の点景など、貴重な時代の記録になっています。
勿論、バスが中心の写真ではありますが、当時の風俗や当時の町の風景、それにその地方を走っていた車の数々も昭和50年代を過ごした人だと懐かしく感じられるのでは無いでしょうか。

まだバブルの到来する直前だったので、余りギンギラギンの車体ではありませんでしたが、観光バスが未だ華やかりし頃で、デラックスな車体を競い、海外から2階建てバスを輸入する会社がぼつぼつと出始めていました。
東京モーターショーの写真でも、表の近未来の乗用車やコンセプトカーでは無く、裏に止めてあったメーカーの移動用バスや、値札付で展示していた2階建てバスの写真が結構撮影されています。

地方に行けば、丸っこいツーマンカーやボンネットバスがまだ幅を効かせていましたし、現在と異なり、各地方各地方で活躍していたボディーメーカーの独特のバスボディーが架装されて、各社独自色を競っていました。
それに、今はUDトラックス、三菱ふそう、日野、いすゞくらいしかメーカーが残っていませんが、当時は日産やトヨタもバスを生産していました。
そうしたバスも記録として残っています。

貴重な記録となっているのは、当時はまだほんの一握りしか海外に出掛けていない訳ですが、米国に行った際に撮影した米国製の保守的なバスだとか、沖縄で運行されていた729バス(沖縄返還時に米国式から日本式の交通体系に移行した際、切り替えられたのが730バスですが、729バスはその前の米国式の交通体系で運行されていたバスのこと)が、730バスに改造されること無く、海外に売られていて、それが改革開放が始まった直後の中華人民共和国で運行されていた写真は凄く貴重。
当時、まだ文革の余韻が覚めていなかったであろうに、良く撮影出来たものだ、と感心してしまいました。

元々が写真を主体とした本なのでかなり読みやすい本ですが、当時のことを思い出したりして、懐かしく感じました。

そうそう、バスと言えばエビ中のニューアルバムから先行で公開されたMVに、いすゞのボンネットバスが出て来ましたね。



昭和思い出バス点描 (NEKO MOOK)

昭和思い出バス点描 (NEKO MOOK)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ネコ・パブリッシング
  • 発売日: 2019/09/04
  • メディア: ムック



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成田詣で-行ったつもりで(その5) [飛行機]

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今日は出がけに大雨。
しかし、荒川越えたらピタッと雨が止んでいました。
折角大きな傘を持っていったのに意味がありません。

それはそうと、帰りの電車はSR2000系でした。
東京メトロの9000系が今続々とリニューアルしていて、東急は新型車を投入したり、3000系もリニューアルしているのですが、SRの2000系は手付かずの侭。
どうするのかな、と思っていたら、外装や車内の見附、座席は全く変えず、ただ今まで手作り感満載だった車内モニターだけを置き換えるようです。
とは言え、お金のないSRだけに、モニターこそ車載用モニターになりそうですが、今回も手作り感満載のやっつけ仕事で、車庫で作業をすること無く運航しながら更改するみたいで、「作業中」と言うシールがモニターに貼られていました。
と言う事は、コンテンツもショボいのはそのままなのかしらん。

さて、昨日の続きをもう少し貼り貼り。

JetstarJapanのA.320-200。
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こちらサイド転がりは2年ぶりの撮影。

中国南方航空のB.737-800。
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こちらサイド離陸は初撮り。

今は亡きVanillaのA.320-200。
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こちらサイド転がりは2年ぶりの撮影。
結局、2号機と3号機は真っ白のまま終わってしまいました。

AuroraのA.319-100。
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こちらサイド離陸は初撮り。

Eva AirのA.321-200。
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9月6日は台風が台湾付近で猛威を奮っていたため、結構な数の台湾方面行きが天候確認で遅延しました。
意外にも初撮りの機体。

香港航空のA.330-200。
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全プレミアムクラスの機体らしいが、飛来することは少なく初撮り。

Cathay Pacific AirwaysのB.777-300。
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こちらサイド転がりは2年ぶりの撮影。

大韓航空のA.330-300。
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こちらサイド転がりは6年ぶりの撮影。

中国東方航空のA.321-200。
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離陸は3年ぶりの撮影。
これも台風の影響で遅れました。

Jeju AirのB.737-800。
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こちらサイド離陸は4年ぶりの撮影。

中国国際航空のA.330-300。
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こちらサイド転がりは2年ぶりの撮影。

UnitedのB.777-200ER。
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3年ぶりの撮影。

Eva AirのB.787-10。
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これも台風接近のため、遅延した機体で、今年7月受領の新造機。
勿論初撮り。

Air CanadaのB.787-9を2題。
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2年ぶりの撮影。
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こちらサイド着陸は3年ぶりの撮影。

ANAのA.321-200neo。
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去年12月に受領した機体で初撮り。

と言う事で、もう少し残っているけれど、今日はここまで。
タグ:写真 飛行機
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