舌禍 [ひとりごと]
今日は休養3日目。
ただ、生活リズムを戻そうとして却って眠れなくなって、1時間ごとに起きると言う状態でポヤポヤ。
しょうがないので、睡眠導入剤のお世話になりましたが、余りこれのお世話にはなりたくありません。
結果、9時過ぎまで思い切り寝てしまいました。
朝ご飯を食べて、さて、何をしようかと考えた結果、部屋の掃除をすることにしました。
と言っても、積ん読の本を積み直したりしただけですが。
後は掃除機を掛けて終わり。
トイレ掃除もやろうかと思ったのですが、結局、やらず仕舞いでした。
まぁ、薬剤はぶち込んだので、便器は奇麗になりましたけどね。
さて、昨日小さいのと大きな2つの舌禍事件がありました。
1つは、たこ虹のメンバーによる不適切発言での活動休止。
折角、今月夏のライブDVDを発売することでavexも力を入れていたのに、とんだところで急ブレーキです。
それも、まさかの漢字の言い間違いが原因ですからね。
関東に於いてはこの言葉について、余り人口に膾炙しているとは言い難く(寧ろ陰湿に底辺で蠢いている感じ)、余り大きな話にはなりませんが、関西では一昔前の騒動があったので、腫れ物に触るような感じではあります。
だからこそ、ネットでは「謹慎処分にまで至るの?」と言う反応が出て来るのかな、と。
私が子供の頃はまだ全体に貧しくて、戦災復興者住宅なんて言うバラックハウスがあった時代。
その中でも更に粗末な家の一角があったりして、目に見えてそうした場所が目立っていました。
だからこそ、その差別解消に当事者は熱心だったのでしょうね。
大人たち(それこそ、明治・大正期に青春時代を過ごした時代の人達)は、それを当たり前として、家の中の会話でも蔑称や仕草が自然に結構出てきました。
それも、高等教育を受けていた人達ですらそれですものね。
世代が1つ過ぎ、2つ過ぎると、大分軽減され、歴史の中の一コマとなってしまう訳ですが、まだ当事者は生きている訳ですし、そうした差別意識が時々噴出します。
ただ、個人的にはこうした人びとの間でも、数十年前の様な過激な思想は影を潜め、寧ろ協調に舵を切っているような気がしますね。
気にしている人は、言語警察の人びとやら自主コードを気にしている人じゃないだろうか。
彼女が、もし復帰するのならば、当事者の人達との対話をYouTubeなりニコ動なりで流して欲しいですね。
荒れるかも知れませんが、恐らく当事者の人達にとっても若い世代に理解を得る一つのツールになり得るのでは無いかと思うのですが。
否定からでは何も生まれませんからね。
一方、元首相の舌禍。
あれはどうしようも無いですね。
彼女の場合は無意識の言葉ですが、あれは意識しての言葉ですから付ける薬がありません。
あれで「神の国」だとか、「我が国は世界一」なんて意識だったらもう始末に負えない。
80%がオリンピックに反対している輿論ですが、その支持がより強固になったのでは無いでしょうか。
それこそ、女性や農民はもっと怒って良いと思いますよ。
正直、委員会から叩き出すくらいの気でやらないと…。
スポンサーも大変ですねぇ。
海外の物言う株主から、突き上げられるのは目に見えていますしねぇ。
一体誰のための、何のためのオリンピックなのか、もう1度立ち止まって考えた方がいいと思いますよ。
特定の人の、自己満足のためのオリンピックなんて、願い下げです。