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親ガチャって [日記]

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今日は在宅勤務。
朝9時から会議ぶっ込まれて、その後も色々作業していたら16時頃に意識が飛びました。
会議ぶっ込まれても、喋っていれば気も紛れるのですが、誰とも話をせずに黙って仕事をしていると、段々集中力が途切れてきて、そのうち眠気が襲ってきて意識が飛ぶと言う訳で。

明日は出勤なので、意識が飛ぶことは無いでしょうね。
そう言う意味ではオフィスって大事。
世の中の在宅勤務者は、どうやってこの沈黙を克服しているのでしょうか。

今日、地価公示が為されましたが、商業地は軒並み地価が下がっているらしい。
テレワークが進んで広いオフィスを構える必要が無い事に会社が気付いたからだとか。
そのうち、オフィスという存在すら無くなるのでは無いだろうか。

ノーマッドワーカーというか、雇用形態も就社では無く、個人契約になって行くのでは無いだろうか。
まぁ、人件費抑制という観点からすれば、そうした方が雇用者側は良いでしょうねぇ。
何時でも好きなときに安く人を雇い入れて、要らなくなったら捨てれば良いのですから。

そんな生活に甘んじる人達がいるから、「親ガチャ」なる言葉が流行るのかしら、と。
私なんて完全独り身ですから、某宗教政党の言う様な10万円の端金で買収されることはありません。
で、国に逆らって独り身ですので、本当に取られるばかりです。

今の世の中は全体的に生活水準が上がるというわけでは無い。
株価だけがどんどん上がり、投機資金だけは潤沢で、一般の人達に殆どお零れが回ってきません。

ですから、富める者は益々富み、貧乏な者は何時まで経っても貧乏なままです。
子供は生まれる際に親を選ぶ事が出来ず、まるでネットゲームのガチャの様に、親の資金力で一生が決まると言う訳か。

確かにそう言う面はありますね。
今の世の中、政治家は子供を政治家にするし、医者は子供を医者にするし、芸能人も子供を芸能人にする訳ですから、それなりの財産とコネがあれば、その地位を継ぐと言う事が出来るわけです。

ただ、何かこの「親ガチャ」なる言葉、私としては引っ掛かるのですよね。
そりゃ、親が底辺層だと、そこから抜け出すのには膨大なエネルギーが必要です。
今は大学を出るのは当たり前の世の中ですし、大卒と高卒の賃金格差も大きいと思います。
そこから抜け出すためには、人とは異なる事をしないといけないでしょう。
努力を人一倍しないと這い上がることが出来ないですよね。

うまく言えないのですが、努力するのを諦めたり、或いは端からしなかったり、自分の夢が実現しない事の理由付けを、「親ガチャ」という言葉に託しているのかな、と。
厳しいことを言う様ですが、一種の逃げを打つために「親ガチャ」なる言葉が出来たのでは無いだろうか。

だから個人的に違和感が残るのかも知れません。
そして、今の若い人達は、アンテナの感度が低いのでは無いかと思ったりもします。
SNSなどで同じ仲間同士が繋がることも大事かも知れませんが、もう少しアンテナを伸ばして社会の仕組みを知った方がいいのでは無いかと思います。

例えば、貧乏な人であれば無利子で借りる事が出来る奨学金とかね。
仲間の手前、変に見栄を張ろうとするから、益々窮屈になって行くのでは無いかなぁ。
あっけらかんと、「貧乏で悪いか」という体で自ら動けば、自ずと道は拓けると思いますよ。

学びに関しては、地方自治体や国の支援制度を調べた方が良いでしょう。
本来は地方自治体や国が周知すべきものですが、昨今では自分で情報を取りに行った人が有利です。
積極的にこれらの団体が広報していないケースもあります。

私も学生時代は本当に貧乏でした。
だから出来るだけ親の負担が無い様に、自分でも色々駆けずり回って就学支援制度やら奨学金とかの手続きをしました。
学校の先生に無利子の奨学金を申し込もうと相談したときには、「おお、この年収なら余裕で条件に当てはまるぞ」と言われて、喜んで良いのやら悲しんで良いのやら…。

今と違って、ネットなんか無い時代ですからね。
手続をするのにも、事務のおっちゃんとかに本当にお世話になりました。
まぁそう言う手続きを自分で色々とやってきた御陰で、住宅ローン借入の契約書を隅々まで読んだり、火災保険の契約書を根掘り葉掘り読んで質問したりもして、銀行の窓口の人とか保険の担当者に迷惑を掛けた訳ですが。

しんどいことをしたくない、世の中楽に生きていきたい、そう思うとどんどんどんどん安易な方に流されてしまうのが人間です。
そこに棹を差せるかどうか、それによってその後の人生が変わっていくのでは無いかなぁ、そう思います。
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