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ドイツ植民地研究 [読書]

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今日は出社日。
明日から再び在宅勤務なので、会社でしか出来ない書類の山と格闘。
原紙を保管しておかないといけないとか色々あって、結局、時短勤務は1日で脆くも崩れ去りました。
とは言え、明後日には米が無くなるので、明日は時短勤務にせざるを得ません。
通勤時間が無い分、早めに仕事をするだけですが。
で、明日はずっと会議なので大変です。

そんなわけで、今日は仕事の準備で疲れたので写真は明日以降にして、最近読んでいた本の紹介。

『ドイツ植民地研究 西南アフリカ・トーゴ・カメルーン・東アフリカ・太平洋・膠州湾』(栗原久定著/合同会社パブリブ刊)
後発帝国主義研究第一巻と言う題目の本らしいのですが、後発の本が中々出て来ません(笑。
この会社、結構ニッチな本を出している会社でして、実はよくこの会社の本を買っていたりします。
植民地を扱う本は多いのですが、大抵は英国植民地を扱った本が多いです。
極たまにフランス植民地もありますが…。

この本は19世紀の末、1880年代から1914年までの僅かな期間、アフリカとアジアに存在したドイツの植民地について、各々の植民地の特性、統治、経済、それら植民地が本国に与えた影響を記述したものです。
全部で500ページ近い本ですからかなり読み応えがあります。
そもそもが、ドイツの植民地についての本なんて、日本で本として出版されたものは、アフリカについて片山正人さんとか岡倉登志さんが少し触れているくらいで、本格的に研究書として纏まったものは、大川周明の『特許植民会社制度研究』以来余り無かったのでは無いでしょうか。

しかしながら、プロイセン、そして、ドイツ帝国が保有した植民地統治の経験が、その後、形を変えて、ドイツ国家社会主義労働者党、所謂ナチスの東方植民政策の礎となった訳で、ナチスの東方植民政策を研究するに当たって、避けて通れない分野だと思います。

西南アフリカに於ける民族分断統治や武断政治は、その後の人種主義思想に通じますし、ここで確立した分割統治方式は、南アフリカやローデシアに取入れられてアパルトヘイトに昇華していきました。
第1次世界大戦後、ドイツの植民地が次々に没収され、植民者も追放されていく中に於いて、西南アフリカでは植民者は追放されず、資産も没収もされずにそのままとなり、その後の統治主体の一部を為しているのは、南アフリカが積極的に彼等のノウハウを吸収したからに他なりません。

トーゴは領域が小さいために逆に統治しやすく、抵抗も然程なかったことから、模範的な植民地として本国に紹介されました。
植民地を保有していたにも拘わらず、ドイツの国民は余り植民地に関心が無く、国とか経済団体などはそのメリットを盛んに宣伝して、植民地の良さを国民に浸透させねばなりませんでした。
しかしながら、領域が小さいと言うことは市場が小さい、また経済的に本国に比べものにならないくらいの規模でしたから、模範的な植民地であっても、実際には本国経済には寄与せず、逆に本国からの持ち出しが問題視されたりしています。

カメルーンは、帝政ドイツの植民地再編計画である中央アフリカ計画の要となるべき土地であり、1911年にフランス領を割譲されて倍近い規模となり、更にベルギー領コンゴを併合して西南アフリカ~カメルーン~コンゴ~東アフリカ、更にはポルトガル領のアンゴラやモザンビークを併呑して、一大植民地帝国を築く為に獲得されました。
ただ、植民地統治の経験が浅いため、武断統治が先行し、近隣諸国への住民の逃亡が相次ぎ、本国国会でも度々問題となり、これが植民地改革の切っ掛けとなっていきます。

東アフリカでも同様に抵抗が激しく、度々軍事遠征が繰返されて、その軍事費の持ち出しが本国で問題になっています。
結局、この植民地は間接統治を行わざるを得ず、余り果実を得る事無く、第1次世界大戦の敗北で撤退を余儀なくされていますが、この間接統治が現在に至るまでの人種間対立の遠因になっている訳です。

太平洋植民地は、米国の進出を食い止めるための橋頭堡として獲得され、海上に国境線が張り巡らされる切っ掛けとなりました。
また、ココ椰子やリン鉱石と言った熱帯地方特有の産品は、意外にもドイツ本国に受容れられ、植民地経済は赤字を垂れ流すばかりでは無い事を証明しています。
ここで行われた間接統治や、植民地経済の運営方法は、その後、この地域を支配下に置いた日本の南洋群島運営にもかなり影響を与え、それを手本にしたプランテーションの成功は、戦後のドイツが新たな市場としての価値を見出すと共に、この地域の総督などはヴァイマル期の植民地返還運動に影響を与えています。

最後の膠州湾は、植民地の中では異質で、海軍が統治する租借地という扱いでした。
海軍は、此の地を軍港化して、影響力を行使すると共に、後背地の中国本土の市場と連結する中継貿易の拠点を目指したのですが、経済的にはドイツ商人よりも後背地と直接取引できる中国人商人の影響力が強く、必ずしもドイツの目論見通りの対応が出来た訳ではありません。
たった17年間の統治だったので、それ以上進展する事も無く、また経済的にも植民地の自立に失敗して余り意味の無い場所となっています。

何れの場所も、僅か50年足らずでは、英国その他の植民地帝国に比べると、統治にしろ経済にしろ、成功とは言えません。
ただ、これら植民地の統治者やその関係者は、大衆に対する宣伝が巧みで、第1次世界大戦後は苦しい国民生活の中、ノスタルジックな部分だけが強調され、それがナチスの東方植民政策に転化していき、第2次世界大戦に繋がっていったと言う点は注目しても良いと思います。
また最近はアフリカの歴史研究もかなり盛んになってきて、他にも色々な本が出版され始めています

これに続くとすれば、ナチスの東方植民政策の統治内容が、ドイツ帝国の植民地からどう発展したかと
言うのを纏めたものになりますかね。
更に戦後、西ドイツや東ドイツ、また統一ドイツが戦後に独立した国々にどの様に影響力を行使したのかと言うのにも興味があります。
それはまた別の話になるのかも知れませんが。

兎に角、かなり読み応えのある本でした。

ドイツ植民地研究: 西南アフリカ・トーゴ・カメルーン・東アフリカ・太平洋・膠州湾 (後発帝国主義研究)

ドイツ植民地研究: 西南アフリカ・トーゴ・カメルーン・東アフリカ・太平洋・膠州湾 (後発帝国主義研究)

  • 作者: 久定, 栗原
  • 出版社/メーカー: パブリブ
  • 発売日: 2018/05/10
  • メディア: 単行本


タグ:日記 読書 雑記
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