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Deux-Ponts [飛行機]

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暑いのか寒いのかよく判らない天気が続きます。
まぁ、季節的にはそろそろ晩秋に向っているのですから、このまま寒くなるべきなのですが、まだ今週中くらいまでは半袖で過ごせそうです。

そして、週末は台風。
各地でイベントが軒並み中止になっていますが、ご多分に漏れず、うちのCommunityでも商工祭りが中止になってしまいました。
前回の台風並のものが関東直撃と言われているので、月曜日に晴れたとしても、出掛ける事が出来るかどうか予断を許さない状態ですね。
そろそろ、成田詣でにも出掛けたい気分なのですが…と言って、まだ先月の釣果を整理し終えていない訳ですが。

さて、フランス航空機の大きな特徴に2階建てと言うのが有ります。
最近では、Airbus A.380-800と言う総2階建ての機体がありますが、これの系譜は随分前からあり、例えば、Latecoer631やSNCASE SE.200と言う6発飛行艇が総2階建てでした。

その思想を陸上機にした機体が、Breguetが開発したBr.761で、文字通り、Deux-Ponts(2階建て)という愛称を持っていました。
これは解放後に旅客輸送と貨物輸送を両立させようと考えて1944年から製作に着手したもので、初号機のBr761-01(F-WFAM)は1949年2月に初飛行しました。
この機体は、1,600馬力のSNECMA 14Rエンジンを4基搭載した機体で航続距離は2,000km。

それから、前量産型のBr.761Sが3機製作されます。
この機体は、フランス製エンジンに換えて、2,100馬力の米国製P&W R-2800-B31エンジンを搭載しました。
これらはAir AlgerieとSilver City Airwaysに引き渡されて試験運行が続けられます。
S型は更に3機が生産されて、フランス空軍のII/64"Maine"に引き渡され、軍用としての適性を見る事になりました。

Air FranceはBr.763と言う発展型を12機発注しました。
これはS型のエンジンを2,400馬力のR-2800-CA18に換装したもので、Provenceという愛称が与えられました。
因みに、旅客だけなら107名を一度に運ぶ事が出来、Air Franceの中距離路線である、パリとアルジェを結ぶ路線に就航しています。
同型機はフランス空軍が6機発注し、パペーテの第82混成飛行隊に引き渡されています。

これだけ大きな機体ですから、容積もたっぷりあります。
そこで、軍用としての可能性を追求し、フランス海軍航空隊向けに対潜哨戒機として提案することになりました。
24時間の対潜パトロールが出来、5トンのロケット弾や魚雷などを搭載して敵機から攻撃されても、ある程度反撃できる武装を持つと言うものです。

1950年、Br.761初号機を改造して、Br.764が開発されます。
胴体下部に爆弾倉を設けて、12発の対艦ミサイルまたは魚雷、90mm、100mm、127mmの各種ロケット弾やソノブイを搭載し、自衛用に胴体上部、後上方、尾部に20mm連装機関砲を搭載した砲塔を持ち、磁気探知機や対艦レーダなどの電子機器類を詰め込んだ機体でした。
因みに、20mm機関砲は最初MG151/20だったのですが、Hispano-Suizaに変更されました。

これだけ武器を搭載するとエンジンはオリジナルのままでは馬力不足になるので、様々なエンジンが検討され、最初はJumo213、RR Griffon、Bristol Centaurusが候補に挙がりましたが、最終的にはBr.763と同じR-2800-CA18に落ち着きました。

こうして試作が進みましたが、1954年まで掛かっても機器の不具合、航続力の不足などの問題が続出してまだ実用化には至らず、一方でコストが掛かりました。
当時、フランスはインドシナ半島やアルジェリアを始めとして各地で植民地戦争を繰り広げており、予算に余裕がありませんでした。
また、NATO統一哨戒機として、米国製P2Vか、英国製のShackletonMk.IIが推奨されます。
結局、対潜哨戒機としての採用は見送られ、この任務には米国から輸入されたP2V-7が当てられたのです。

これとは別に、フランス空軍向けには最終型のBr.765 Saharaが15機発注されましたが、予算不足のために4機のみ生産され、第64輸送飛行隊に配属されました。
この機体はBr.764の試作結果を受けて各部をリファインした機体で、164名の完全武装の兵士か54名の空挺部隊の兵士を搭載するか、またはAMX13軽戦車か105mm榴弾砲を6門搭載できるものでした。
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