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北海道鉄道旅行写真帖 [読書]

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今日は二度寝して完全に寝坊。
とは言え、明日は午後から出勤して作業の立会いをする事になるので在宅。
運が良かったです。

ここ数日、寝ると2時間もしないうちに蒸し暑くて目が覚めて、クーラーを付けて寝て、今度は寒くて目が覚めて、クーラーを消して寝てと言う事をしているので、大分身体にダメージが来ている感じです。
だからか、勤務先の人達やその家族にコロナ感染が増えているように思います。

で、明日は出勤なので早めに終わってリハビリに出掛け、帰りにスーパーに寄って米を調達。
この暑さからか、全然人がおらず、私が最後の患者さんだったようです。

さて、先月の肺炎で臥せっていたときに読んでいた本の紹介。
『未来へつなぐ日本の記憶 昭和38年3月 北海道鉄道旅行写真帖』(写真:小川峯生、解説:牧野和人/フォトパブリッシング刊)。
前回は九州だったのですが、今回の舞台は北海道。

北海道と言えば、新入社員で初めて長期休暇が貰えたときに、初めて一人で東京に行き、東京からは寝台特急に乗って北海道へ向い、函館と小樽を観光した後、夜行急行で稚内に行って、雪の中宗谷岬に行って、再び昼行急行で札幌に戻り、特急に乗って根室に行き、納沙布岬で北方領土を眺めて夜行特急に乗って札幌に戻って、帰りは寝台特急に乗って大阪に帰った思い出が有ります。

よく書いてますが、この時、稚内で風邪をひいて熱を出していたのに旅行を強行して、帰ってから気管支炎になったと言う苦い思い出が有りました。

この本でも同じ様に、60年前の3月に弾丸で北海道の各地を撮影旅行した記録で、九州に撮影旅行した翌年に青函連絡船で北海道に上陸しています。
今と違って、北海道も又、津々浦々に鉄路が張り巡らされていた時代です。
国鉄は幹線だけで無く、炭鉱から伸びる支線や建主改従政策で建設された各地のローカル線が未だ生き延びていました。

とは言え、そろそろ自動車の攻勢が強くなり、エネルギー革命によって石炭がメインの動力源から落ちつつある時代。
ローカル線にも経営改革の声が出て、混合列車から客貨分離の実行、また気動車やレールバスの投入が始まりだした頃です。

丁度、時代の変わり目にこの写真たちは撮られました。
これより後だと、国鉄の赤字が酷くなって、何処に行っても所謂国鉄形と呼ばれるキハやディーゼル機関車が導入されて撮影風景が余り変わらなくなりましたし、炭坑鉄道はどんどん廃線となってしまったいたでしょう。

このため、貴重な写真が残されたと言えそうです。
勿論、弾丸旅行ですから、日程は限られていて、炭坑鉄道のめぼしい場所は訪問していましたが、道東を中心に張り巡らされていた簡易軌道の記録はありません。
もしかしたら、簡易軌道は眼中に無かったのかも知れませんが。

60年前の地方の息吹や繁栄していた炭坑町の光景、市街電車の行き交う背の低い町並なども切り取られていて、多分、60年後の現在の光景と比べると隔世の感があるのでしょうね。
今は原野と化して自然に帰っているような場所が、以前は人が溢れんばかりにいた街だったなんてのもありそうです。

編集には些か難がありますが(タイトルを挿入する場所がちょっと判りづらいし、キャプションが全然違ってあれという点がある)、写真を見る分には問題ないと思いますね。

昭和38年3月 北海道鉄道旅行写真帖 (未来へつなぐ日本の記憶)

昭和38年3月 北海道鉄道旅行写真帖 (未来へつなぐ日本の記憶)

  • 出版社/メーカー: フォト・パブリッシング
  • 発売日: 2023/06/26
  • メディア: 大型本



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