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台風変じて鳩になる [飛行機]

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今日は朝までぐっすり。
やっぱり数千歩歩くと兎に角疲れます。
でもって、朝から雨だったので出て行く気も失せ、ひたすら家に引き籠もっておりました。

さて、今日は久々に蛇の目話に戻る。

第2次世界大戦中、ドイツ空軍で連絡機として様々な機種が用いられていましたが、特に多く使われたのが単発のBf108と双発のSi204です。
勿論、BFW社は主力戦闘機の生産に手一杯だったので、二線機であるBf108の生産は協力工場に外部委託されていました。
そして占領後はフランスでも170機が生産されていました。

この機体もご多分に漏れず、フランス解放後はフランスのために生産が開始され、SNCANによって、まずオリジナルのN.1000が作られ、ドイツ製のArgus As10Eエンジンの在庫が無くなるとエンジンを同馬力のRenault 6Q10に換装したN.1001が生産されます。
更に、6Q11に換装して各部をリファインしたN.1002が生産され、フランス解放後は286機が生産されて、主に陸軍航空隊と海軍航空隊に納品され、Pingouinと言う愛称で使われました。
他にもフランス解放後に各地に設立された飛行クラブ用でも利用されています。

また、このBf108の近代化発展型が、大戦中Messerschmittによって開発され、これはMe208と呼ばれました。
この機体は、Bf108の各部をリファインし、前輪式降着装置に変更したものです。
2機の試作機がドイツ国内で完成し、その後の開発、生産はフランスに移されました。
フランスではサボタージュにより生産が進まず、解放後に生産が開始されます。
SNCANで開発された試作機はN.1100と名称が変えられ、Noralphaと言う愛称が付きました。

その後、エンジンを例によってRenault 6Q10/11に変更したN.1101が205機作られましたが、陸軍航空隊の練習機としてRamierの名称で用いられました。
因みに、オリジナルエンジンの馬力は240馬力なのですが、練習機としてなので、60%の馬力制限をかけています。
後に、この練習機の中の少数が6DOエンジンに換装されてN.1004となっています。

その後、1945年12月にはこの練習機型をもう少し経済的なものにすべく、主尾翼や胴体はほぼその侭で、馬力の低いエンジンを搭載した民間用並びに軍の練習用としてのN.1200が開発されます。
N.1201は140馬力のRenault 4P.01を搭載したもので、試作機1機が作られ、N.1202は160馬力のPotez 4D-01を搭載したものでこれも試作機1機が作られました。

これらを基に、147馬力のRegnier 4L-00を搭載したN.1203/I/II/IIIが開発され、これが主力となりました。
N.1203/IVは170馬力のSNECMA 4L-02を搭載した型で、N.1203/Vはこれの陸軍航空隊向け練習機となった型です。
N.1204/VIはエンジンを160馬力のSNECMA 4L-14を搭載した型でした。
更に、エンジンを米国製のContinental水平対向125馬力に換装した型がN.1204/Iとして生産され、145馬力のそれに換装したN.1204/IIが生産されました。
これらの機体は1948年まで378機が生産され民間に広く売られていました。

一方のSi204は1941年から1942年末にかけて5機の見本が渡され、生産が開始され、解放までに170機が生産されました。
1944年に最後の7機が引き渡されてドイツ向けの生産が終了し、解放後はフランス軍向けに切り替わります。

SNCACにて生産が開始されたものは、段無し風防のSi204Dに580馬力のArgusエンジンを搭載したNC.700で、590馬力のRenault 12S-00に換装したNC.701がこれに続きました。
段無し風防は使いづらかったのか、原型のSi204と同様に段付風防に変更したNC.702が開発され、28機が1945年7月まで生産された後、350機がSNCAN(Nord)で生産されました。
これらの機体は1949年まで陸軍航空隊で用いられたほか、SNCAC製の機体にはMartinetという愛称が付けられ、Air Franceの海外植民地であるMadagascar、Indochina、Algeriaの各地で郵便機として用いられています。
タグ:飛行機 雑記
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