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日常の中の戦争遺跡 [読書]

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今日も在宅勤務。
でもって、1時間ごとに会議だったので、効率の悪い事夥しい。
考える時間が2~3時間あれば集中して出来るのですが、トータルで3時間あっても、間にポツポツ間歇的に会議が挟まれるとその集中が途切れてリセットされてしまいます。
結果、何の成果も出ていない結果になって些かゲンナリ。
そして、その会議の半分は出なくても良い会議ですからね。
日本の会社の労働生産性が低いのがよく判ります。

さて、今日はここ最近読んでいた本について。
『日常の中の戦争遺跡』(大西進著/アットワークス刊)。
9年前に発行された本で、著者は近鉄に入社し、近鉄不動産の監査役まで務めた人です。
退職後、父親の戦死したニューギニアへ遺骨収集に赴いてから戦争遺跡と言うものに興味を持ったとか。

この本は著者の出身地で、かつ居住している大阪府八尾市にある戦争遺跡を訪ね、その現在を調査すると共に実態に迫ったものです。
八尾と言えば、現在でも陸上自衛隊があり、調布と並んで大きな軽飛行機用の飛行場である八尾飛行場が存在しているのですが、この八尾飛行場は第二次世界大戦当時、立川や府中と並んで陸軍航空の一大拠点である大正飛行場としてその名を轟かせていました。

謂わば、八尾も軍都の一つであった訳で、様々な軍関係の施設が点在します。
まず大正飛行場からして、戦争前に忽然と姿を現わした基地で、田畑を強制買上し、滑走路を整備して防空の西の拠点として防空司令部を設置し、戦闘機を配置して防空基地機能を持たせました。
周囲には立川と並んで陸軍航空工廠が置かれ、工廠を補完する部品工場が並び、基地の周囲には基地防衛のため戦国時代の城並の水濠が築かれています。

周辺には将兵のための官舎が建並び、基地を防衛するための照空灯や高射砲陣地、高射機関砲陣地が作られ、枚方の火薬庫、盾津飛行場、大正飛行場、信太山の陸軍聯隊との間は道幅の広い高規格軍用道路「府道八尾枚方線」が整備されて連絡しています。
その道路の途中には直線で拓かれたコンクリート敷設部分があり、大正飛行場が空襲で破壊された場合の補助飛行場として利用するつもりでいたそうです。

因みに、今は府民の憩いの場として存在している服部緑地、鶴見緑地、長居公園、大泉緑地についても、農地を強制的に買い上げて更地にしたものが、軍用地となり、高射砲などが配備されていた陣地でした。
これらは戦後大阪府に返還され、公園として整備されたものだとか。
目に見える施設だけでなく、現在は地元のインフラとして整備されている場所も、元を質せば軍用地であったところが多いと言うことが判ります。

この本は、八尾飛行場という目に見える軍用施設はもとより、その周辺にあった掩体壕、防空施設、軍用道路、航空機工場、部品工場、地下工場、射撃試験場と言った大物から将兵用官舎、兵隊用の射撃場、監視哨、更に庶民が掘った防空壕に至るまで可視化して地図上にプロットすると共に、残された図面や防衛省に残された資料から形状や特徴を考察し、日常の何気ない光景に存在している戦争時代の遺産を浮かび上がらせていると言う労作です。

通常、戦争関係の遺跡は、その頃に生きていた人達のオーラルヒストリーから辿ることが多いのですが、それでは記憶が欠落したり曖昧になったりして間違った事実が掘り起こされることもあります。
著者はそれとは別の視点で、地形や建築図面から元あった施設を推定していく事をしています。
これにより記憶違いなどによる不正確さを補うことが出来ますし、他の人達がこの研究成果を生かしてオーラルヒストリーで補完する事も出来ます。
これは、恐らく著者が不動産業者に勤めていたからかも知れません。

通常こうした著作には、屡々事実誤認や違和感を感じるのですが、物証から本丸に迫っていますし、著者もかなり文献を読み込まれたのか、殆ど違和感を感じません。
精々、大正飛行場などに配備された陸軍機の記述がちょっとおかしいくらいです。

「八尾」と言う一つの地域で、施設と言うミクロな視点で基地の実態に迫っている著作で、中々面白く読めた本でした。

日常の中の戦争遺跡

日常の中の戦争遺跡

  • 出版社/メーカー: アットワークス
  • 発売日: 2012/07/01
  • メディア: 単行本


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