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ホンダジェット [読書]

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今日こそ早く帰ろうと思ったのに、他部門でアクシデントが起きて部長の呼び出しを受けた御陰で21時ですよ。
全く、病院を出て僅か数日しか経っていないというのに。

今日も入院中に読んでいた本の紹介。
『ホンダジェット 開発リーダーが語る30年の全軌跡』(前間孝則著/新潮文庫刊)

一言で言えば、自動車会社であるホンダが、自動車の次の時代に於ける新たなモビリティとして開発したビジネスジェット機の開発の軌跡です。

それは苦難の連続で(まぁ、異業種からいきなり畑違いの分野に入っても一朝一夕に事がなる訳ではありませんし、しかも今回はエンジンと機体を同時開発すると言う無謀な挑戦でしたし)、1986年から足かけ30年を掛けてやっとスタートラインについたと言っても過言ではありません。
それはホンダと言う一種のベンチャー気質を持つ会社だったからここまで到達したと思います。
また場所も大きかったでしょう。
事業の立ち上げ自体は日本でしたが、それを醸成したのは米国と言う航空先進国でした。
これが、日本でずっと続けていたら、社内の声(それも多くは反対の声)が大きく、早々に挫折していた可能性があります。

そう言う意味では、今、MRJが幾度となくローンチを延期して飛行試験の部分は米国で行っているというのも正解なのかも知れません。
米国で行うのは失敗を糧にする事が出来るからです。
日本の場合は、「災害ゼロ」とか「障害ゼロ」とか言うスローガンが好きで、失敗を嫌う風潮があります。
常に完璧を求められると言うのも製品の熟成にはマイナスに振れます。
試作段階で、どれだけの失敗が出せるかと言うのが試験の要諦ですが、そこで失敗を許容しない今の日本の社会では、良いものが出来るとは思えません。

ホンダ製航空機の最初の本格的な試作機は、極めてラジカルな形をしていました。
これは航空機部門全体を任された技師の意向によるものでした。
ただ、この技師は残念なことにエンジンの専門家であって機体の専門家ではありませんでした。
よって、MH-02と言われた機体は、「空飛ぶシビック」をコンセプトに設計されたもので、低い姿勢の複合材製の胴体に、胴体の居住性を殆ど考えない同じく複合材製の主翼を肩翼式に取り付け、ATPと呼ばれるターボプロップエンジンを胴体後部に付けて二重反転プロペラを回すという代物です。

当然実用性には程遠く、正に習作の域を出ません。
しかも、ATPは燃費には優れている反面、時代遅れの面があり、実用化も困難を極めました。
この調子だとプロジェクト全体が空中分解しかねないと考えた機体設計の責任者と、エンジン設計の責任者が両方ともその主任技師に対し反旗を翻します。
この辺は、ホンダのお家芸とも言えるかも知れません。
本田宗一郎が、空冷でF1エンジンを作れ、また乗用車は総て空冷だと言う無謀な命令を出したのに対し、部下の技師が密かに水冷エンジンを開発し、シビックはそれで乗り切ったという逸話がありましたし。

結局、MH-02は機体はその侭に、エンジンはオーソドックスなターボファンエンジンを開発することにしたのですが、結果的にそれが間に合わず、既存のエンジンを購入して間に合わせた為、余り性能が良くありませんでした。

それを反省点に、彼等は次の機体を製作します。
セグメントとしては、10人未満が乗る事が出来る超小型ビジネスジェット機です。
一種のブルーオーシャン戦略と言う事で、かなりニッチな部類です。
ただ、CessnaやEmbraerの様な大メーカーの寡占状態の所に割って入るので、見方によっては無謀な挑戦にも見えます。
なので、経営陣はかなり苦しい決断を迫られました。

しかし、こうした既存の機体は基本設計が1960〜70年代に確立したものを十年一日の如く作っているので新味がありません。
それに対し、ホンダジェット(の前身)は、見た目も主翼上にエンジンを搭載するなど、如何にも新しい設計思想で作られている様に見えます。
こうして、何時しかホンダジェットへの期待は高まり、幾度もの危機を乗り越えて、製品化に漕ぎ着けました。
そして、今やこのセグメントのビジネスジェットではCessnaのそれを抜いて、首位に躍り出ています。

この本では、こうした機体やエンジン開発の経緯を機体、エンジンの開発リーダー、それに経営陣へのインタビューを通じて丁寧に再構築していて、航空機生産ビジネスとはどんな形で推移していくのかと言う読者の興味に応える様になっています。

一方で、前間さんが従来から主張している様に、「日本での航空機産業による物作りは幻想である」と言う面も強調されています。
ホンダジェットの対局にある既存の航空機メーカーは、「国産」旅客機と言う事で、Boeingの機体作り、また戦闘機などの生産を行っていますが、結局は、主導権を握ることが出来ずに下請けの地位にしがみついているだけだ、IHIでも、エンジン生産を行っていますが、これも開発の主導権は欧州メーカーに握られて、結局は下請け状態になっている、それは裾野の部品生産でも同じだ、と言う訳です。

例えば型式証明を貰うと言う点においても、日本の型式証明は世界に通用しません。
米国のFAAや欧州の型式証明機関(ど忘れ)の何れかを得ないと、世界では飛行すら出来ないのです。
その証明を得るだけでも膨大な書類(一説にはその飛行機の重量と同じくらいの書類)を用意しないと駄目なのですが、そうした証明を得る為のノウハウは全く日本にはありませんでした。
MRJを開発している三菱ですら、型式証明審査がこんなに大変だとは思わなかったと愚痴をこぼしているほどです。

ホンダも、結局は機体とエンジンの両方で型式証明を取る事は断念し、エンジンについてはGEと提携して彼の会社のノウハウを利用させて貰っています。

大企業ですら行なのですから、中小企業は尚更悲惨な状態と言えます。

物語の後半で、住友精密工業が出て来ます。
日本では航空機の脚構造を手がけるかなり大手の会社ではありますが、この会社もご多分に漏れず、一次コンストラクターという契約を得ることが出来ず、大手の下請けに甘んじています。
今回のホンダジェットで初めて、脚部分の一次コンストラクターという地位を手に入れました。
日本の航空機産業を発展させるには、こうした部分の梃入れも必要です。

更に言うと、今の日本では、「日本スゴイ」の余韻に浸っている様に思えます。
ともすれば、国産技術、ノウハウが強調されすぎていますが、世界中でサプライチェーンが展開されている今の世の中、純国産なんてのはナンセンスです。
特に航空機業界については如実にそれが表れます。
ハード面だけで無く、ソフト面(使いこなす力も含め)が伴って初めて技術として競争力が出て来るのですが、国産に拘り過ぎて競争力を削いでいる様に思えます。

どんな製品でもそうですが、合理性を持たせないと競争力のある製品は生まれないのではないだろうか。
この本を読んで、一番それを感じました。

因みに同時期にもう1冊、『ホンダジェット誕生物語 経験ゼロから世界一へ (日経ビジネス人文庫)』という本も読んでいたのですが、概ね前間さんの本とほぼ同じストーリーになっています。
この辺、一次資料が全く同じなのか、文章表現も同じ部分も多かったのでちょっと気になるところです。

ホンダジェット: 開発リーダーが語る30年の全軌跡 (新潮文庫)
新潮社
2018-12-22
前間 孝則

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ホンダジェット誕生物語 経験ゼロから世界一へ (日経ビジネス人文庫)
日本経済新聞出版社
杉本 貴司

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