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農民の翼 [飛行機]

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流石に日曜に深夜勤務して、翌日朝8時前から12時間近くの勤務を繰返すと、先週の風邪からの病み上がりも相俟って中々本復していません。
毎日朝早くに起きて会社に行くのも一苦労で、今日は遂に目覚ましが鳴っても全然気付かずに白河夜船でした。

てな訳で、今日は農業機の話。

最近、日本も農地の集積をして効率化経営を行うと言う話が出たりしていますが、国土の広い豪州やロシア、それに米国やカナダと言った国々では、それよりも桁が違う広さの農業経営が行われています。
そうした国々ではちまちま種まきやら病虫害駆除やらをする事が出来ません。

そこで活躍するのが飛行機です。
飛行機なら広い農地の隅々にまで農薬を散布出来ますし、種子をばらまくのも可能です。
米国ではこうした用途に、軍から払い下げられた練習機や軽飛行機クラスの小型機が用いられていました。
例えば、パイパースーパーカブなどは、便乗席を潰してそこにタンクを設置し、農薬や種子を入れて空中から散布する改造が行われました。

しかしながら、キャビンにタンクを設置した場合、揮発性の溶液ならキャビンにガスが充満し、下手をすれば中毒を起こす危険性があります。
また、後部座席を潰してタンクを取り付けたら、重心が後ろに寄ってしまい、操縦性が悪くなる危険性があります。
特に農業機は超低空を飛行することが多いので、不意に現れる電柱や電線を素早く避けねばならない事も有ります。
さらに武人の蛮用的に、こうした農民達は機体のマニュアルを読む人は余りいません。
ペイロードを満載にした場合、ともすれば既存の機体ではアンダーパワー気味になって性能がガタ落ちになります。

そうしてみると、既存の軽飛行機を農業機として用いるのはかなり難しい事が判ります。

ソ連の場合は、農工省の肝煎でAntonov設計局がSch-1を開発します。
これが後のAn-2で、旧式な複葉機ですが、不整地からの離着陸が可能な頑丈な構造と、14名の乗客を収容出来る大きな胴体、強力な1,000馬力エンジンと相俟ってかなりの成功を収めました。

ソ連では、輸送力を加味した機体が農業機として用いられた訳ですが、米国では軽飛行機のメーカー各社が農業専用機を開発しました。
ただ、実際には農業機ですから、農民の所得に見合った機体でなければいけません。
そこで、コストを下げるために各社が行ったのは、1つの道は既に開発が済んでいる機体を会社ごと買収して自社ブランドで販売するもの、もう1つは、自社開発の場合でもなるべく自社製品のコンポーネントを用いて新規開発部分を少なくすると言うものでした。

前者の代表的なものはAero Commander社で、Snow社を買収してこの会社が生産していたS2をSnow Commanderと銘打って販売したものになります。
この機体は600馬力のピストンエンジンを搭載した低翼単葉の単発機で、1,200kgの搭載能力を有しています。
これは、Rockwellに買収されてからも引き続き生産され、デタントの時代には当時未だ共産圏だったポーランドに製作権が売られて、PZL社で生産されたりもしていました。

Beach社にはこうした農業機のラインナップはなく、Cessna社はAG Wagonと呼ばれる機体を開発しました。
と言っても、これも新規開発部分は中央胴体部と翼のみで、胴体後半部と尾翼はCessna180をその侭流用したもの、機首回りも既存の機体の流用です。
中央胴体部には重心位置に大きな薬剤タンクと散布装置を持ち、主翼に大きな圧縮ストラットを備えています。
Cessnaと言えば、高翼単葉の機体が代名詞ですが、主翼は低翼単葉です。

胴体中央部には突出した密閉式の操縦席を持っていますが、これは薬剤タンクの後に置かれています。
これは乗員の安全を考えると共に、広い視界を確保する必要があるためです。
散布する薬剤は、主翼の吹き下ろしを利用して散布する薬剤を広く葉の裏にまで行き渡らせる必要があります。
この為、圧縮ストラットと簡単なフラップを装備しています。

因みに、こうした農業機の前部胴体構造には鋼管溶接フレームが採用されていますが、これも乗員の安全を考慮しての対策です。

Piper社もCessnaと同じ型式で農業機PA25 Pawneeを開発しました。
こちらは、ベストセラー軽飛行機であるPA18 Super Cubの高翼単葉の主翼を流用して、低翼単葉に装着し、支柱を
取り付けるというもの。
これにより、AG Wagon同様に視界の点とグランド・エフェクトによる散布効果の有利さを兼ね備えるようになりました。
また超低空で飛行するため、地上の障害物と衝突した時に備え、ワイヤーカッターや強力なシートベルト、転覆時の乗員保護装置など幾重にも配しています。
これも薬剤タンクは重心位置に搭載しています。

こうした農業機の基本形を創り出したのは、実は軽飛行機とは縁もゆかりも無い会社です。
戦時中この会社は艦載戦闘機を開発し、戦後も一貫してほぼ海軍戦闘機を開発していました。
丁度、朝鮮戦争の終結による軍縮ムードが出た時に、民生用として目を付けたのが、農業機の分野。
Grummanが1957年に開発した社内呼称G.164 Grasshopper、後のAg-Catがその機体です。

機首に星形ピストンエンジンを剥き出しに装備した単発機で、1950年代にしてはかなり時代遅れの複葉機です。
複葉を採用したのは、最小限の寸法で最大限の翼面積を実現する為で、Grumman鉄工所と呼ばれた機体らしく、上下の翼は全く同じ部品で、逆に取り付けることも出来ます。
複葉なので張線や支柱が必要ですが、こちらは最小限に留めています。

胴体は他の農業機同様に鋼管骨組で、外皮の金属板は総てがビス留めされ、簡単に外板を外してあらゆる部分を点検出来る様に配慮されています。
勿論、重心位置に薬剤タンクが設置されています。
座席は他の機体と同様にタンク後方にあり、開放式ですが、大きくて頑丈な背当てが付いていて転倒時の安全に配慮していると共に、上翼がそれを補完してくれます。
なお、塗装については薬品や退色に強いコロジオン系のものが初期には用いられていました。

因みに、農業機独特の飛行では、乗員は操縦席の計器を読む暇が無いと言う市場調査結果から、速度計と回転計は座席前方の胴体正面に取り付けられており、操縦中の乗員の視線に自然に入る様に作られています。

また、エンジンについては米国で最も普及している数種の200〜300馬力級エンジンの中から、オーナーが希望するものが選べる仕様です。

この機体はGrummanから生産委託されたSchweiserが一貫して生産しており、1981年にはこの会社が販売権も獲得しましたが、2001年にアーカンソー州のAllide Ag-Cat社に製造販売権が移されました。
流石に現在では生産されていませんが、この機体自体は、2,700機以上が生産された隠れたロングセラー機となっています。
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