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中国料理の世界史 [読書]

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今日は6並びの日、令和6年6月6日。
666というと我々の世代に取ってみれば「オーメン」を思い浮かべるのですが、最近は6並びだから珍しいとして記念切符なんかが発売されるそうで、時代は変わったなぁと思います。

さて、やっと書ける。
『中国料理の世界史 ~美食のナショナリズムをこえて~』(岩間一弘著/慶應義塾大学出版会)。

日本では「中国料理」ではなく中国の料理というのは「中華料理」と言うジャンルで括られるのですが、この本のタイトルは「中国料理」です。
何故、中華料理でなく中国料理なのか。

実は中華料理と言うのは日本独自の表現だそうです。
その中には、日本で独自の発展を遂げた中国料理擬きである、様々なメニューが含まれています。
ラーメンにしろ、餃子にしろ、中国ではそれに似た料理はありますが、同じものは有りません。
有名なのは天津に行って、天津飯を頼んだのに怪訝な顔をされたという話。
それというのも天津飯は、日本独自に発展した中国料理で、日本でしか通じなかったりします。

そんな話は後半に出て来るのですが、先ずは中国本土での中国料理の位置づけです。
最近の急激な経済発展で力を付けた中国は、中国四千年の味である中国料理をユネスコの世界無形文化遺産に登録しようとします。

ところが、中国料理は歴史が長いにも関わらず、登録に失敗してしまいます。
要は、何が中国料理なのかと言う事を政府が纏めきれなかった訳です。
考えてみれば、中国は国土が広く、国の中でも様々な文化があり、当然料理も様々なものがあります。

有名なものだけでも、広東料理、四川料理、北京料理、上海料理と言うジャンルがありますし、チベット料理とか満州料理、福建料理などなど、何処を取っても1つのジャンルとして成立しているものばかりです。
これらの中から「中国料理とは」と問うても、おらが地域の料理こそ中国料理であると言う自負があり、それぞれの地域が主導権争いをした結果、結果的に内部分裂して、中国料理として統一したアイデンティティーを持てなかったのが敗因です。

このように、中国料理の中味は以前取り上げたイタリア料理と同じく、様々な地域の料理の集合体である訳で、これが時代によって北京料理から広東料理、そして四川料理へと政治的指導者が替わる度に主流が変わっていきました。

例えば、清末は北京に政府があったので、当然北京料理が公式の中国料理です。
それが辛亥革命で北京政府が倒れると、南京に中華民国が成立し、広東料理や上海料理が主流になっていきます。
そして、日中戦争で南京から重慶に遷都すると、今度は四川料理が主流になると言う感じ。

中国共産党が政権を握ると、各地の料理人を北京に集めて、中国料理として均質化を図りますが、あくまでも主流は北京料理や上海料理であって、中々四川料理は主流になれません。

さて、周縁部の香港にしろ、台湾にしろ、東南アジア諸国にしろ、華僑が赴くところ、常に中国料理は存在します。
しかし、その料理は華僑として渡る人の出身地の料理が主流になります。
例えば、福建省出身者が多ければ福建料理が、広東省出身者が多ければ広東料理が主になります。
やがて華僑が食べるだけだった中国料理は、手軽さと安さが魅力となり、華僑以外の人々も中国料理を食べるようになり、更にその料理は現地人によって作られるようになると、現地の人達の味覚アレンジが入り、食べられるようになっていきます。
こうしてその地域の人々の国民料理として受容され、元の中国料理とは違う、一種の中国料理亜種が誕生する訳です。

これは中国周辺のアジア地域でだけ起きた話では無く、19世紀後半から行われた移民により、或いは米国で、或いはインドやアフリカで、或いは欧州や中南米で、同じ様なことが起きています。
特に米国においては、李鴻章が広めたとされるチャプスイなる料理が、中国料理の典型として広まっていき、これが米軍のレーションになったりもしています。
これ、原形は広東料理なのですが、先程の現地化と同じ様に、米国でのアレンジが為されて米国の中国料理として認識されて行きます。
このチャプスイが、米軍のレーションを通じて欧州に渡ったりした訳です。
しかし、移民の出身や質が変わっていくとなんちゃって中国料理であるチャプスイは下火になり、今度は中国各地の料理が主流になったりします。

意外なのは日本で、江戸期には長崎を経由した卓袱料理や僧侶を通じて入った普茶料理が主流で、これは中国本土の影響を受けた料理でしたが、明治期には中国を見下す政策が為されたせいか、中国本土からの影響が低下し、寧ろ舶来品であるチャプスイが受容されたそうです。

その後、戦地で中国料理を食べた人達や引揚者が日常の糧として、町中華を開業し、日本人の舌に合わせた現地化により、一般庶民に中華料理を普及させていき、中華料理と言う中国料理とは異なる系統の中華料理と言うジャンルを生み出したとあります。

600ページに近い本なのですが、内容は中国本土に於ける中国料理の変遷に触れていたり、華僑が割った先の各国の中国料理のローカル化についての考察とかが書かれていて、非常に興味を持って読むことが出来ました。

最初、出だしを読んだときには、巷によくある反中本の1種かと思ったりしたのですが、読み進めるほどに資料や現地調査をきちんと行って書かれた本であることが判り、作者に大変申し訳ない気持ちで一杯でした。
そりゃ、様々な賞を受賞した本だというのもよく判ります。

それにしても、「和食」だって日本と言う1つの国の料理なのですが、これが世界無形文化遺産として登録出来たのは、本土の料理を「和食」として無理矢理定義したもので、九州各地の料理や琉球料理、北海道のアイヌの料理を排除したものじゃないかなあなんて思ってしまうわけです。
ま、それはこの本のテーマじゃないですからどうでも良いことですが。

中国料理の世界史:美食のナショナリズムをこえて

中国料理の世界史:美食のナショナリズムをこえて

  • 作者: 岩間 一弘
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2021/09/14
  • メディア: 単行本



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