消えた国、追われた人々 [読書]
昨日からメインPCの調子が悪く、怪しい挙動をする様になって、バックアップからレストアしたり色々したのですがどうも上手く行かない。
またクリーンインストールした方が良いのかも知れないと思いつつ、面倒なのでこれ以上は追求せず。
どうも、Windows Updateの問題では無いかと思ってみたりして。
さて、ここ最近読んでいた本。
『消えた国、追われた人々 ー東プロシアの旅』(池内紀著/筑摩書房刊)
ちくま文庫で去年刊行されたものです。
普通、私は文学やエッセイは回避する方なのですが、その前にカリーニングラードについての本を買っていたので、手に取ってみてパラパラ読んだら面白そうだったので買ったもの。
期待に違わず、面白い本でした。
そもそも、池内紀さんはドイツ文学者でもあり、ドイツ人の作家の翻訳なんかも手がけています。
最近では特にギュンター・グラスの作品を積極的に翻訳していました。
ギュンター・グラスは、日本では映画にもなった『ブリキの太鼓』で有名ですが、『蟹の横歩き』と言う本を翻訳する際に、その舞台となった地を旅行させて欲しいと言う条件を付けたのが、この作品が生まれる切っ掛けになりました。
『蟹の横歩き』と言う本は、第2次世界大戦中ドイツは加害者だけで無く、被害者でもあると言う側面を浮き彫りにした作品で、刊行当時随分とドイツ国内で問題にされたものです。
その作品の舞台である東プロイセンを旅して、色々と見聞きしたことがこの作品の基になっています。
プロイセンと言えば、世界史ではドイツ統一の原動力となった国ですが、そもそもがベルリンからバルト海、そして更に東に発展していった国でした。
この為、東の方には彼等の故地とも言うべき地域が存在しています。
第1次世界大戦でドイツが敗れると、ポーランドが独立し、プロイセンの国土は大きく削られますが、ドイツ人が多い地域は飛地である東プロイセンという名称で残されました。
ただ、ポーランドは海への出口を確保するため、沿岸地方を要求して特にダンツィヒを希望しますが、国連の裁定でダンツィヒは曖昧な自由都市というものになり、ポーランドは別にグダンスクという都市を作り上げます。
また、メーメル地方はリトアニアとの係争地になりました。
ドイツは国土を分断された結果、その土地を回収する運動が活発になり、遂にはヒトラーという独裁者を誕生させた訳です。
ヒトラーはルール地方の復帰を皮切りに、オーストリアを併合し、ズデーテン地方、そしてチェコを併合し、次にポーランドに狙いを定め、プロイセンの故地の返還を求めます。
ポーランドはそれを蹴飛ばしたため、ドイツ海軍の戦艦がヴィスワ河河口の要塞を砲撃し第2次大戦が始まりました。
そのポーランドは数週間の抵抗で占領され、遂に東プロイセンは本土と陸続きになります。
そうした中、更なる東方への拡大を見越して、ヒトラーはソ連に狙いを定め、東プロイセンに「狼の巣」と言う地下司令部をつくり、ソ連と戦端を開きます。
しかし、モスクワ手前で力尽き、後はソ連を始めとする連合国の圧倒的物量に跳ね返され、遂には東プロイセンへの侵攻、更に本土戦へと移っていきます。
グラスの『ブリキの太鼓』は第2次大戦勃発時のダンツィヒを舞台に描いた物語、そして『蟹の横歩き』は第2次大戦が終焉を迎えつつあったダンツィヒを舞台に描いた物語でした。
作者は此の地を縦横無尽に逍遙し、グラスが作品を書いた背景を考え、また東プロイセンの各地に足跡を印した人々について思いを馳せています。
第2次世界大戦末期から戦後に掛けて、これらの地はソ連が入り込み、ドイツ人は容赦なく着の身着のままで追い立てられました。
また、ポーランドは西に大きくずれ、ソ連領となった地に住んでいたポーランド人もまた着の身着のままで故地から追い立てられ、ドイツ人を追い立てた地域に定住しています。
ソ連が崩壊し、東欧が開放されると、今度は元々住んでいたドイツ人達が、立退きは不当であるという主張をし始め、一斉に不動産引き渡し運動を始めました。
そんな中、グラスは戦争末期に起きた世界最大の海難事故である「グストロフ号沈没」を題材に本を描いた訳です。
今までドイツ人は加害者であり、特に東方で家財や家族を失った被害者は置き去りにされていました。
グラスはその流れに一石を投じたのです。
こうした背景をよく知りたいと、池内さんは彼の地を旅したのでは無いかと思ったりして。
こんな僻地(と言ったら失礼ですが)でも、ケーニヒスベルクにはカントという優れた哲学者が学問をしていましたし、コペルニクスも此の地で教会の仕事をしていました。
意外に学問が発展していたりします。
また圧巻なのは日本人でも訪れた人が少ないであろう「狼の巣」の見聞録です。
当時の独裁者とそれを排除しようとした暗殺者たちに思いを馳せ、ここがどんな地だったかを肌で体験していたりするのです。
地元を訪れた人ならではのエピソードは軍ヲタでも一読の価値があります。
文庫なので手軽に読めるのも魅力ですし、これを読んでからグラスの作品も読みたいなぁと思えるようになりました。
ま、何時のことになるか分かりませんがね。